アフリカイネ(Oryza barthii)は、イネ科イネ属に属する栽培イネの野生近縁種です。アフリカで栽培されているイネ(Oryza glaberrima)の直接的な野生祖先であると考えられており、アフリカ農業史上において最も重要な種のひとつです。
• Oryza barthii は AA ゲノムを持つ 2 倍体種であり、栽培イネ種と同じゲノム型を共有しています
• 人類史上数少ない独立したイネの栽培化事例のひとつである西アフリカにおけるイネの独立した栽培化において、基盤的な役割を果たしました
• より広く知られているアジアイネ(Oryza sativa)とは異なり、アフリカイネはイネの栽培化において全く別の系統を表しています
分類
• セネガルやマリから東へチャド、スーダン、南スーダンに至るサヘル地帯およびスーダンサバンナ地帯にかけて分布しています
• 多様性の中心は、マリ国内の内陸ニジェール・デルタ地域およびその周辺の西アフリカの氾濫原にあります
• 季節的な氾濫原、浅い沼地、恒久的な水域の縁などで自生しています
アフリカイネの栽培化は、農業史上において特筆すべき章です。
• 考古学的および遺伝学的な証拠によれば、Oryza glaberrima は約 2,000〜3,000 年前に Oryza barthii から栽培化されました
• この栽培化はアジアにおける Oryza sativa の栽培化とは独立して起こったものであり、初期のアフリカ農耕民による並行的な進化的実験を表しています
• 栽培化のプロセスは、現在マリ共和国領内にある上流ニジェール・デルタ地域で起こったと考えられています
• 17 世紀から 18 世紀にかけて、奴隷とされた西アフリカの人々がアフリカイネの栽培知識をアメリカ大陸にもたらしました。これにより、サウスカロライナ州やブラジルなどの地域において主食作物となりました
茎および根:
• 茎(稈)は直立〜斜上し、下位の節から発根することがあります
• 中空で円筒状であり、イネ科植物に典型的な明瞭な節と節間を持ちます
• 根系はひげ根状で比較的浅く、冠水した土壌や季節的に冠水する土壌に適応しています
葉:
• 葉身は線形〜披針形で、通常は長さ 15〜45 cm、幅 0.5〜2 cm です
• 鮮緑色から濃緑色で、明瞭な主脈(中肋)を持ちます
• 葉鞘は滑らか〜やや粗く(ざらつきがあり)、茎を緩く包みます
• 葉舌は膜質で、通常 5〜15 mm の長さがあり、イネ属における同定の特徴となります
花序および小穂:
• 円錐花序は疎〜やや密で、通常は長さ 15〜30 cm、分枝は広がり〜斜上します
• 小穂は単生し、長楕円形〜楕円形で、長さは約 7〜9 mm です
• 各小穂には 1 個の稔性の小花が含まれ、その両側に 2 個の不稔の苞頴(または下位小花の遺残)を伴います
• 頴は小穂の基部で微小な痕跡程度に退化しており、これはイネ属を特徴づける形質です
• 包頴と内頴は成熟時に堅く硬化し、穀粒を包みます
• 芒(のぎ:針状の附属物)を持つことが多く、長くかぎ状になることもあり、動物の体毛などに付着して種子散布を助けます
穀粒:
• 果実(穀粒)は小型で、通常は長さ 5〜8 mm、長楕円形をしており、成熟すると赤褐色〜濃褐色になります
• 穀粒は容易に落粒(成熟時に自然に分散)します。これは栽培化の過程で選択により排除された野生型の形質です
生育地:
• 季節的な氾濫原および内陸デルタ地帯
• 恒久的な沼地、湖、および緩やかに流れる河川の縁辺部
• 雨季における雨依存性の低湿地および一時的な水たまり
• 人為的な耕作地の近くにある攪乱された地域でよく見られます
気候および土壌:
• 雨季と乾季が明確な熱帯〜亜熱帯気候を好みます
• 年間降水量は約 600〜1,500 mm の範囲です
• 栽培期間中に十分な水分があれば、重粘土、壌土、砂質土など多様な土壌で生育します
• 冠水状態および嫌気的な土壌条件に対して耐性を示します
生態的相互作用:
• いくつかのイネ害虫や病原体の宿主植物として機能し、遺伝的な抵抗性の貯蔵庫であると同時に、栽培イネに対する病害発生の潜在的な発生源ともなります
• 栽培されている Oryza glaberrima と自然に交雑し、条件によっては Oryza sativa とも交雑するため、野生集団と栽培集団の間で遺伝子流動が生じます
• 落粒による種子散布機構とかぎ状の芒が、風や動物を介した自然な繁殖を促進します
• 発芽は冠水条件に適応しており、種子は水中でも発芽することができます
• 農業開発、都市拡大、および水理学的改変(ダムの建設など)に伴う湿地帯の排水により、自然の氾濫原の生息地が減少しています
• 収量の多い Oryza sativa 品種への転換により、在来種である Oryza glaberrima の栽培が置き換えられつつあります。これにより野生種と栽培種の間の遺伝子流動の機会が減少し、より広範なイネの農業生態系が損なわれています
• 作物野生種(CWR)として、Oryza barthii はイネの品種改良において不可欠な遺伝的多様性の貯蔵庫です。乾燥耐性、害虫抵抗性、やせた土壌への適応性などの遺伝子を有しています
• アフリカイネ研究所(AfricaRice)や国際イネ研究所(IRRI)のジーンバンクなどで、遺伝資源の保存が行われています
• 進行中の進化的適応を維持するためには、本来の氾濫原生息地における野生集団の原地内保全が不可欠であると考えられています
• 主成分はデンプン(炭水化物)であり、中程度のタンパク質(推定で 7〜10%)を含みます
• タンパク質含有量は、一部の栽培イネ品種よりもわずかに高い可能性があります
• 必須アミノ酸を含んでいますが、他の多くの穀物と同様にリジンは比較的少ないです
• ビタミン B 群(チアミン、リボフラビン、ナイアシン)や、鉄、亜鉛、マグネシウムなどのミネラルを含んでいると考えられます
• 糠層には食物繊維や、フラボノイド、フェノール酸などのファイトケミカルが含まれています
注:Oryza barthii の穀粒は重要な商業的食料源ではなく、公表されている文献において詳細な化学成分分析は稀です
日照:
• 日照を好み、最適な生育と結実のためには直射日光が必要です
水分:
• 栽培期間を通じて豊富な水を必要とします
• 栽培イネと同様に冠水(水田)状態で栽培可能です
• または、容器や畝立て栽培床において、常に湿潤〜冠水した土壌状態で維持することもできます
土壌:
• 多様な土壌に適応しますが、水分保持性の高い重粘土または壌土で最もよく生育します
• やや酸性〜中性(pH 5.5〜7.0)が最適です
温度:
• 温暖な熱帯の気温を好み、栽培期間中は 25〜35℃が理想的です
• 霜や低温には弱いです
繁殖:
• 種子繁殖します
• 均一な播種のためには、種子の傷つけ処理(スカリフィケーション)や芒の除去が必要になる場合があります
• 湿潤または冠水した土壌に直接播種するか、予備発芽させて苗として移植します
• 種子にはある程度の休眠性があり、短期間の追熟期間を設けることで発芽が促進される場合があります
生育サイクル:
• 一年草から短命な多年草であり、通常は 1 つの雨季の間に生活環を完了します
• 品種や条件によりますが、播種から約 90〜120 日で開花します
品種改良のための遺伝資源:
• 世界中のイネ育種プログラムにおいて、遺伝的多様性の重要な供給源として機能しています
• いもち病や細菌性葉枯病に対する抵抗性、乾燥耐性、やせた土壌への適応性などの遺伝子を有しています
• 栽培されている Oryza glaberrima や Oryza sativa 品種へ有益な形質を導入するための前育種プログラムで利用されています
研究:
• アフリカ栽培イネの野生祖先として、進化生物学および栽培化遺伝学の分野で広く研究されています
• 穀物における「栽培化症候群」に関連する遺伝的変化を理解するためのモデルとして利用されています
伝統的利用:
• 西アフリカの一部の地域社会では、特に食料不足の際に野生集団から穀粒を採取し、地域消費に充てることがあります
• 重要な商業用穀物作物ではありません
保全:
• 作物野生種の保全を目指す世界的な取り組みの一環として、ジーンバンクのコレクションで維持されています
• 西アフリカの湿地生態系における原地内保全プログラムにおいて重要です
豆知識
アフリカイネとアフリカにおけるイネ農耕の独立した発明: • 多くの人々はイネ栽培をアジアと結びつけますが、イネの栽培化はアフリカにおいても独立して起こりました。Oryza barthii から Oryza glaberrima への過程であり、これは農業史上において最も注目すべき並行的革新のひとつです 大落粒現象: • 収穫を容易にするために穂に穀粒を残すよう改良された栽培イネとは異なり、Oryza barthii の穀粒は成熟すると容易に落粒(落下)します • この「落粒性」という形質は、栽培化の過程で最初に選択の対象となったもののひとつです。種子を保持する個体から収穫を行っていた初期の農耕民は、結果として農業史の行方を変えることになりました 遺伝的な宝庫: • Oryza barthii は、その栽培化された子孫よりもはるかに多くの遺伝的多様性を有しています。これは、栽培化の過程で野生集団の遺伝子の一部のみが取り込まれたためです(「栽培化ボトルネック」として知られる現象です) • 現代のイネ育種家は、気候変動への耐性や病害抵抗性に関わる失われた遺伝子を「再獲得」するため、野生の Oryza barthii 集団に目を向けています 古代の作物、地球規模の旅路: • Oryza barthii に由来するアフリカイネは、種子とともに、その栽培に必要な高度な農耕知識も携えて、奴隷とされた西アフリカの人々によってアメリカ大陸にもたらされました • 何世紀にもわたり、アフリカイネはアメリカ南部のコミュニティ全体を支えてきましたが、そのアフリカ起源は歴史的な記述からほぼ抹消されていました
詳しく見る