スミレタケ
Cortinarius violaceus
スミレタケ(Cortinarius violaceus)は、ハラタケ科スミレタケ属に属するキノコで、菌類としては希少な鮮やかな菫色から濃紫色を呈する非常に美しい種です。温帯林に生育する数少ない真の紫色のキノコの一つであり、世界中に 2,000 種以上が含まれる巨大な属「スミレタケ属(Cortinarius)」の中で、最も視覚的に特徴的な種の一つとされています。
• 属名の「Cortinarius」は、ラテン語の「cortina(カーテンの意)」に由来し、幼菌時のひだを覆うクモの巣状の部分膜(コルチナ)を指しています。
• 種小名の「violaceus」は、ラテン語で「菫色の」という意味です。
• その美しさにもかかわらず、食用としての是非に関する懸念や、致死性の有毒種を複数含むスミレタケ属における正確な同定の難しさから、広く食用とされることはありません。
分類
• ヨーロッパではスカンジナビアから地中海に至るまで広く分布
• 北アメリカのほぼ全域、特に太平洋岸北西部および北東部で発見される
• 日本やヒマラヤ山麓を含む温帯アジアの一部でも記録されている
• 通常、秋(北半球では 9 月〜11 月)に子実体を形成する
• スミレタケ属はハラタケ科の菌類の中で最大の属の一つであり、世界中で 2,000 から 3,000 種以上が存在すると推定されている
かさ(菌傘):
• 直径 5〜15 cm
• 幼時は半球形〜饅頭形だが、成長するにつれて広半球形〜ほぼ平らになる
• 表面は乾き、微細な繊維状の鱗片や毛に覆われており、ビロード状またはわずかにぼさぼさした質感を持つ
• 幼時は濃紫色〜暗紫色だが、古くなると褐紫色に褪せることがある
• 縁は初め内巻きで、コルチナ(部分膜)の断片が付着していることがある
ひだ(菌褶):
• 直生〜やや垂生、疎度は中程度
• 幼時は濃紫色〜紫色だが、胞子が成熟するにつれて褐紫色へ変色する
• 胞子紋は錆褐色〜赤褐色
柄(菌柄):
• 高さ 6〜15 cm、太さ 1〜2.5 cm
• 内部は詰まっており硬く、基部でやや膨らむか球根状になることが多い
• かさと同じく菫色〜紫色で、基部に向かうほど淡色になることがある
• コルチナ(クモの巣状の部分膜)の痕跡が、かすかな繊維状の帯として残っている
肉:
• 硬く厚みがある
• 菫色〜淡紫色
• 味は穏やか。情報源によっては、ほのかな杉に似た香りや、わずかな苦味のある香りがすると記述されている
コルチナ(部分膜):
• 幼菌時、ひだを覆う繊細でクモの巣状の部分膜(コルチナ)が存在する
• かさが開くにつれてコルチナは破れ、しばしば柄にかすかな痕跡を残すのみとなる
• この特徴により、膜質のつば(アンニュラス)を持つテングタケ属やハラタケ属などの他属と区別される
• 主にオーク属(Quercus)、ブナ属(Fagus)、カバノキ属(Betula)などの広葉樹と外生菌根を形成する
• トウヒ属(Picea)やマツ属(Pinus)などの針葉樹との共生も報告されている
• 菌糸は樹木の根を包み込み、根の到達範囲を広げて養分や水分の吸収を助ける
• 対照的に、菌は樹木が光合成によって生成した糖分を受け取る
• 落葉広葉樹林および混交林に生育し、しばしば水はけが良く、栄養分に乏しい土壌で見られる
• 酸性から中性の土壌を好む
• 森林地表に単生、または小群生し、通常は秋に子実体を形成する
• 確立された菌根ネットワークへの依存度が高いため、比較的撹乱されていない成熟した森林生態系を示す指標種と考えられている
• 一部のヨーロッパの図鑑では加熱調理後に食用可能とされている一方、他方では食用不可、あるいは食用不明と分類されている
• スミレタケ属には、オレラニンという腎毒性物質を含む、極めて危険な有毒キノコ(Cortinarius rubellus や Cortinarius orellanus など)が含まれている
• オレラニン中毒は重篤な腎臓障害を引き起こし、死に至ることもあり、摂取から 2〜14 日後に症状が現れる
• 野外でスミレタケ属の種間を確実に見分けることが極めて困難であるため、多くの菌類学者や採集の専門家は、スミレタケ属のキノコを一切食用にしないよう強く勧告している
• C. violaceus 自体に強い毒性がない場合でも、近縁の有毒種と見誤ることは重大なリスクとなる
• 摂取後に軽度の胃腸障害を起こしたという報告も一部にある
• 菌学会における一般的な総意は「スミレタケ属のキノコは一切食べるな」というものである
• 腐生菌(ヒラタケやシイタケなど)とは異なり、外生菌根菌は生活環を完了させるために生きた宿主樹を必要とする
• 本種の信頼できる商業栽培法は存在しない
• 栽培を試みるには、以下の条件が必要となる:
• 適合する宿主樹(オーク、ブナ、カバノキなど)の根に胞子または菌糸を接種する
• 適切な土壌条件(水はけが良く、pH が酸性〜中性)を維持する
• 子実体が形成されるまで、菌根ネットワークが確立するのを数年間待つ
• このキノコは、秋の成熟した温帯林という自然環境で鑑賞するのが最良である
• 本種を観察したい場合は、秋に原生林の落葉広葉樹林や混交林を歩くのが最も出会う可能性が高い
豆知識
スミレタケの驚くべき紫色は、菌界では極めて希少な独自の色素に由来します。 • この紫色は、鉄を含む化合物の錯体(プルビン酸誘導体の鉄錯体)に起因し、これが濃紫色を生み出している • アントシアニン(植物に一般的)を用いて紫色を発現する多くの生物とは異なり、菌類は紫色の色素形成のために全く異なる生化学的経路を用いている • スミレタケは、かさ、ひだ、柄のすべてが同じくっきりとした紫色を呈する、世界でも数少ない真に鮮やかな紫色の菌類の一つである 「ウェブキャップ(Webcap)」という名の由来: • 和名や英名の「ウェブキャップ(クモの帽子)」は、幼菌時に笠の縁と柄の間を張る、繊細でクモの巣状の部分膜「コルチナ」に由来する • この特徴はスミレタケ属全体を定義づけるものである • コルチナはテングタケ属やハラタケ属などに見られる膜質のつばよりもはるかに脆く、キノコが成熟するにつれて完全に消失し、かすかな痕跡のみを残すことが多い 化学的な探偵物語: • スミレタケに含まれる色素成分は、その抗酸化作用や抗菌作用の可能性から科学的関心を集めている • 研究により、本キノコからの抽出物が実験室レベルで顕著な抗酸化活性を示すことが明らかになっている • また、その色素が持つ鉄結合能は、森林土壌における生物地球化学的循環の文脈でも注目されている 生態系における重要性: • 外生菌根菌として、スミレタケは森林の健康にとって目に見えないが不可欠な役割を果たしている • 研究により、外生菌根ネットワークが複数の樹木を結びつけ、養分や化学的な警告信号さえも伝達している(いわゆる「ウッド・ワイド・ウェブ」)ことが示されている • 目にするスミレタケの子実体は、森林地表の広範囲に広がる巨大な地下菌糸ネットワークが生み出した、ほんのわずかな「実」に過ぎないのである
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