ペチュニア
Petunia x atkinsiana
ペチュニア(Petunia × atkinsiana)は、世界中で最も愛され、広く栽培されている園芸花卉の一つです。ナス科(Solanaceae)に属し、タバコウンカ属の P. axillaris と P. integrifolia(P. violacea とも呼ばれる)との交配によって生まれた雑種です。ラッパ形で鮮やかな花色と長い開花期が特徴であり、世界中で夏の花壇植え、ハンギングバスケット、コンテナガーデンの定番植物として親しまれています。
• Petunia × atkinsiana は、世界中の園芸で利用される主要なペチュニア雑種群です
• 真のオレンジ色と緑色を除くほぼすべての花色があり(これらの色に限りなく近い品種も存在します)、花形も一重咲きから八重咲き、房咲き、フリル咲きまで多様です
• 現代の園芸品種は、主に大輪咲き(Grandiflora)、多花咲き(Multiflora)、小輪咲き(Milliflora)、這い性(Spreading/Wave/Hedgiflora)の 4 つのグループに分類されます
• 「ペチュニア」という名は、タバコ(Nicotiana tabacum)と同じナス科に属することにちなみ、タバコを意味するトゥピ・グアラニー語の「petun」に由来します
分類
親種の原産地:
• Petunia axillaris — 南ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ原産。夜に開く芳香のある白花を咲かせます
• Petunia integrifolia(syn. P. violacea)— アルゼンチンとブラジル原産。紫〜菫色の花を咲かせます
歴史的経緯:
• 記録に残る最初の交配ペチュニアは、1830〜1840 年頃にヨーロッパの園芸家が P. axillaris と P. integrifolia を交配して作出しました
• 19 世紀後半には、ヴィクトリア朝の庭園で人気の花壇植え植物となりました
• 20 世紀には、特に米国、日本、ドイツで集中的な育種が行われ、数千もの園芸品種が作出されました
• 1990 年代に登場した「ウェーブ」シリーズ(後の「イージーウェーブ」や「ショックウェーブ」)は、広がるように生育する性質により、ペチュニア栽培に革命をもたらしました
属としての原生地:
• ペチュニア属は約 20 種からなり、すべて南米(主にブラジル、アルゼンチン、ウルグアイおよびアンデス山脈の一部)に自生します
• 野生種は、低〜中海抜の開けた日当たりの良い草原、岩場、攪乱地に生育します
茎と生育形:
• 草本性の分枝する茎をもち、品種により直立性、マウンド状、あるいは這い性・広がり性を示します
• 茎は腺毛(有腺毛)から粘液質の分泌物を出すため、わずかに粘り気があります
• この粘りは本属の特徴であり、小型の害虫を遠ざける働きがあると考えられています
葉:
• 単葉で茎に互生します
• 形は卵形〜披針形で、長さ 3〜10 cm、幅 2〜5 cm 程度です
• 葉縁は全縁(滑らか)です
• 葉表面はまばらに毛が生え、触るとやや粘ります
• 葉色は中緑〜濃緑で、品種によってはやや黄緑を帯びるものもあります
花:
• 花冠は基部が細い筒状となり、先端で大きく広がるラッパ形(高杯形)です
• 花冠筒部は 3〜6 cm、花冠裂片の広がりの直径は品種群により 3〜12 cm です
• 5 枚の花弁が合着して花冠を形成し、八重咲き品種ではおしべが花弁状に変化したものを追加でもつものがあります
• 花色は白、桃、赤、紫、菫、青、黄、珊瑚色、サーモン色、および複色模様など多様です
• 多くの品種で脈取り、星型模様、覆輪(ピコティー)などの模様が見られます
• 花は葉腋から短い花柄(約 2〜5 cm)を介して 1 個ずつ咲きます
• 大輪咲きは最大で直径 10〜12 cm に達し、小輪咲きは約 2.5 cm と最小です
• 香りをもつ品種もあり、特に P. axillaris の血を引くものでは夕方に香りが強まります
果実と種子:
• 果実は小さな卵形の蒴果(長さ約 5〜10 mm)で、残存する萼に包まれています
• 蒴果は成熟すると裂開し、多数の微小な種子を放出します
• 種子は極めて小さく(約 0.5 mm)、球形〜やや楕円形で、褐色〜暗褐色です
• 1 果中に 100〜300 個の種子を含み、1 g 中に約 8,000〜10,000 個が含まれます
送粉生態:
• 親種の 1 つである Petunia axillaris は、主に夜行性のスズメガ科(Sphingidae)によって送粉されます。白く芳香のある花は夕暮れ時に開き、多量の蜜を生産します
• もう一方の親種 Petunia integrifolia は、ミツバチなどの昼行性の昆虫によって送粉され、花は紫色で香りは弱めです
• 栽培種の Petunia × atkinsiana は、花色や花形に応じてミツバチ、チョウ、ハチドリなど多様な送粉者を引き寄せます
• ペチュニアの花色はアントシアニンやフラボノールの色素経路によって決定され、植物遺伝学のモデル系として広く研究されてきました
生育環境の好適条件:
• 日向を好み、1 日に少なくとも 5〜6 時間の直射日光があるとよく生育します
• 水はけの良い土壌を好み、過湿には弱いです
• 根付けばある程度の乾燥耐性を示しますが、開花を最大化するには適度な湿り気が保たれることが望ましいです
• 温暖な気温でよく生育し、10℃以下では生育が鈍り、霜に遭うと枯死します
生態的相互作用:
• ナス科に属するため、トマト、ピーマン、ジャガイモなどと同様の病害虫(タバコモザイクウイルス、アブラムシ、コナジラミなど)の影響を受けやすい傾向があります
• 野生種のいくつかは腺毛中でアシル糖を生産し、これにより昆虫食害に対する自然な抵抗性を示します。この形質は作物改良の観点からも研究されています
• 米国動物虐待防止協会(ASPCA)により、イヌ、ネコ、ウマに対して無毒と分類されています
• ただしナス科に属するため、葉や茎にごく微量のアルカロイド(ペチュニンなどのナス科アルカロイド)を含みます
• 多量に摂取すると、ペットやヒトに軽度の消化器症状を引き起こす可能性があります
• 茎や葉にある粘性のある腺毛は、感受性の高い人に軽度の皮膚刺激を与えることがあります
• 食用とはみなされず、摂取すべきではありません
日照:
• 日向が必須で、1 日に少なくとも 5〜6 時間の直射日光が必要です
• 高温地( USDA ゾーン 10〜11)では、午後の弱い日陰があると開花期間が延びることがあります
• 日照不足ではひょろ長く育ち、開花が減少します
用土:
• 水はけが良く肥沃で、弱酸性〜中性(pH 6.0〜7.0)の土壌を好みます
• コンテナでは、水はけの良い高品質な培養土を使用します
• 粘質土では、堆肥やピートモスを混ぜて水はけを改善します
水やり:
• 用土を均一に湿らせますが、過湿にはしないよう定期的に水やりします
• コンテナ植えは、高温期には毎日の水やりが必要になることがあります
• 真菌性病害のリスクを減らすため、可能な限り葉や花に水がかからないようにします
• 根付いた株はある程度の乾燥耐性をもちますが、水分ストレスを受けると蕾や花を落とします
温度:
• 至適生育温度は、昼間 18〜27℃、夜間 13〜18℃です
• 非耐寒性であり、霜の恐れがなくなってから屋外に植え付けます
• 10℃以下で生育は著しく鈍り、-2℃以下では枯死します
• USDA ゾーン 9〜11 では、短命な多年草として越冬することがあります
施肥:
• 肥料を多く必要とし、生育期間中は定期的な施肥が有効です
• 液肥(例:8-8-8 などの等量成分)を 2〜3 週間ごとに与えるか、植え付け時に緩効性粒状肥料を施します
• 開花を促すため、リン酸分を多めにした肥料を好む栽培者もいます
増やし方:
• 播種:最終霜予想日の 10〜12 週間前に室内まきします。種子は極めて小さく発芽に光を必要とするため覆土せず、21〜24℃で 7〜14 日で発芽します
• 挿し木:半硬質の枝先挿しは 2〜3 週間で容易に発根します。特に八重咲きなど種子では親の形質が安定しない品種を増やす際に好まれる方法です
花がら摘みと剪定:
• 連続開花を促し結実を防ぐため、咲き終わった花はこまめに摘み取ります
• ひょろ長くなった株は、盛夏に 1/3〜1/2 程度切り戻すと、枝分かれが促され 2 番花が楽しめます
主なトラブル:
• ボトライチス(灰色かび病)— 高温多湿で風通しが悪いと発生しやすい
• アブラムシ、コナジラミ、アザミウマ、ハダニ— 代表的な害虫
• タバコモザイクウイルス(TMV)— タバコ製品に触れた手で植株を触ることで感染することがあります
• 徒長— 日照不足や窒素過多が原因
• 蕾落ち— 水分ストレス、極端な高温、エチレンガスへの曝露などが原因
観賞利用:
• 公園、公共緑地、一般庭園における夏の花壇植え
• ハンギングバスケットやウインドウボックス— 特に這い性・広がり性の品種が適します
• パティオ、バルコニー、テラスなどでのコンテナガーデン
• 花壇のエッジ取りやボーダー植え
• 迫力ある色彩効果を狙った大規模植栽
科学研究:
• ペチュニアは何十年にもわたり、植物分子生物学および遺伝学の主要なモデル生物として用いられてきました
• 花色、模様、香りをつかさどる遺伝的基盤がペチュニアで広く研究されています
• ペチュニアは、1990 年代にナポリとヨルゲンセンらによって RNA 干渉(RNAi)が初めて発見された植物の一つであり、この発見は後に C. elegans における関連発見とあわせてノーベル賞受賞につながりました
• トランスポゾン生物学、エピジェネティックな調節、植物と微生物の相互作用などの研究にも利用されています
その他の利用:
• 一部の文化圏では、ペチュニアの花を天然染料として利用します
• 料理の飾り付けに用いられることもありますが、風味はほとんどありません
豆知識
ペチュニアは植物遺伝学および分子生物学の歴史において特別な位置を占めています。 • RNA 干渉(RNAi)の発見:1990 年代初頭、DNA プラント・テクノロジー社に所属していたリチャード・A・ヨルゲンセンとキャロリン・ナポリは、ペチュニアの花の紫色を濃くするため、アントシアニン色素合成に関わる遺伝子の追加コピーを導入する実験を行っていました。ところが、期待に反して花は白や斑入りになりました。これは導入された遺伝子が自分自身と植物自身の遺伝子の両方を沈黙させたためであり、この現象は当初「共抑制」と呼ばれました。これは後に真核生物に広く見られる遺伝子発現制御機構「RNA 干渉」として理解される現象の初期の観察例の一つとなりました。この発見は、アンドリュー・ファイアとクレイグ・メロが 2006 年に RNAi に対してノーベル生理学・医学賞を受賞する一因となりました。 • 花色の遺伝学:ペチュニアは、アントシアニン色素がどのようにして多様な色を生み出すかの理解に大きく貢献しました。花弁細胞の液胞の pH、補色素(フラボノール)の存在、フラボノイド経路における特定の酵素活性が相互に作用し、現代の園芸品種で見られる見事な花色の幅を生み出しています。 • 粘りによる防御:ペチュニアの茎や葉を粘くする腺毛は単なる好奇心の対象ではなく、アブラムシやコナジラミなどの小型昆虫を捕獲・忌避するアシル糖を生産し、組み込み型の害虫防御系として機能しています。 • 宇宙のペチュニア:ペチュニアの種子は、微小重力が植物の生育や開花に及ぼす影響を調べるため、国際宇宙ステーション(ISS)に打ち上げられました。これは長期宇宙ミッションにおける食用植物や観賞植物の栽培に関する研究に貢献しています。
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